ホンイキの妄想

ナースマン34歳 国境なき医師団をめざしてましたが迷走中。すきなことをとことん研鑽して、そこから見えるみらいを創造します

テクノロジーに代替されないもの

この前ミュージシャンが

「人には聞き取れないとされている音も実は何か感じることができているのではないか」

みたいなことを言っていたんで少しだけ調べてみた。

 

”普段聴いている音源(CDなど)は、人間が聞き取れる周波数帯16〜20000ヘルツ以外はカットしている”

 

だそうで、生音は違うと感じるのはカットしていないわけであり

録音して編集している音源の方が、確かに”上手い”と表現できるのかもしれないが、感動を呼ぶものはそこにはなかったりするのかもしれない。

 

テクノロジーの進化により生音や名曲や人間性など細かなことが再現

できる時代がくるだろうな。

だがしかし、

ずっとみてきた歌手が声を震わせたり、涙したり、言葉に詰まったり、たとえ歌にならないことになったとしても、

それをみてグッとくるものがあったりするのは

きっとその人が積み上げてきたストーリーを感じるからで

そこを何かに代替することはきっと無理であり、

したところで何も生まれない。

 

AIに代替されないものを求めるなら

自分の今を生きてればいい。

 

変な結論出ちゃったなw

妊婦加算とかやめてベーシックインカム推進しておくれ

妊婦加算について「ご理解を…」な態度を

貫き通していますが

財政厳しいのでしょうね。

 

生保、年金、医療費見直して

さっさとベーシックインカムやらしないと

日本もたなくない?

外国人労働者の受け入れも増やしてるけど、

外国人の方の人権は保たれるか心配です。

 

だって弱い人ばかりにしわ寄せする国だもの。

顔色伺うそんたく民ばかりだもの。

 

とか、他人事のように言わないで個人でもなんとかならないか動かないとなー。

なるべく嫌いじゃないことをムリない範囲で働く

タイトルながいー…

 

最近、とくにコンビニで無愛想の許容をこえてる態度の人によく出会います。

こっちの心を広くすれば気にもならないんだろーけど。まぁ自分は気になる。

 

いろいろと仕方がない事情もある。

かもしれない。

 

ひとつの理由として、

「仕事…きらい?」

 

そう思ったのでそれについて考える。

 

仕事を探すときどうするだろう?

給料が高いところ。

力仕事、接客業などの自分の能力でできそうな範囲。

やりたいこと。

家に近い。

 

それぞれあるが、

給料が高くて、楽で、自分ができること。

やりたくないことはなるべく避ける。可能ならやりたいこと。

 

そんなところだろうか。

 

いざ探すがいちばんの優先が給料が高いこと。でみつけた場合、

その仕事がやりたくないことなら、嫌々働くことになる。

 

それだと給料日以外は楽しい時はない。

プライベート命。

これは苦痛だと思う。

それなら

 

そろそろお金で仕事決めるのやめれば?

 

苦痛なら労働時間減らせば?

別の仕事すれば?

生活水準見直せば?

 

ムリと感じるならそれが自分の許容範囲じゃないかな。

仕事とプライベート分けるけど、

どちらも自分の時間。

 

どうせ死ぬならなるべく苦痛は避けようぜ!

ただし、考える余裕がないときは別。

うぅ 東京難民ひきずってる。

映画:闇金ドッグスと東京難民

どちらも観て思うのが

1度、急に貧困に陥ったら

なかなか生活を安定させるのは難しい。

 

お金は今すぐにも必要で、

期限はどんどん迫ってくる。

1つ急をしのいでもすぐさま困窮する。

考える余裕も失うのは当然。

 

ちまたでは

お金は使えば使うほど自分に返ってくる。

好きなことをすればいい。

 

そんな耳障りのよいコトバが溢れていて、

言っている意味も理解できる。

 

ただし、人それぞれの現時点の状態に適したコトバを信じ行動することは大事で、最終的な理想像はすべてにおいて正しいわけではない。

 

困窮したのは自己責任ではあるが

見直す時間は与えてほしい。

 

いろいろと考えさせられました。

 

※とくに闇金ドッグス5はみてほしい。

訪問介護しているから心がいたむ。

10月になりましたねー

気がついたら10月です。

この間まで冷房つけて

あついあついと言っていたのに。

 

今日は台風の中、タクシーを呼んで

パートの訪問介護へ。

 

社畜おつ。って煽る風潮で、

もちろん台風の中、外出するのって

バカにされますよね。

 

ぎりきりまで

バカだよなー、休もうかなー

って思ってたけど。。

 

でもやっぱりこんなときにこそ働く人がいないと、現状困る人がいるわけで。

 

いろいろとシステムが整うまでは

一生懸命バカにされながら

がんばろっかな。

 

そんなこんなで10月。いきるぞー!

なぜ働くの?

6月に仕事をやめて

もうすぐ3ヶ月です。

 

昨年末からたびたび扁桃炎で

高熱をだすことがあり

その中でも、人手不足もあり

ムリしてでも働いてました。

 

そういう苛酷な状況なこともあって

 

働きたくないな

って思うことが多くなり

最終的に

「そもそもなぜ働くのだろう?」

との疑問が湧き、それに答えられず

1度やめることにしました。

 

現在、在宅介護のバイトを月に数日だけど入れてみて、利用者さんと関わる内に、少しだけ

「これが働いてて楽しいということなのかなぁ」

とぼんやりしてますが、感じてます。

 

働かざる者食うべからず

 

そんな言葉に無意識にとらわれて

当たり前のように

就職していたわけだけど

いま、そのような考えは間違いであると思ってます。

 

ちゃんとした答がでるかは

わからないけれど、

これから、好きなことやできることを

ムリのないように組み合わせて

生活していこうと思います。

インフルエンサー なぜなりたいの?

気がついたら巷をにぎわせている

インフルエンサー

 

なんとなくインスタグラム・ブログ・youtubeなどの人気者なイメージ。

そして、広告を載せてその影響力を使ってお金を稼いでる人

な感じ。

 

 

 ウィキペディアによると

ブログ利用者が急増した2007年頃から頻繁に使用される言葉になった。ブログ利用者の中には数千〜数万の読者を持つカリスマブロガーなどと呼ばれる人物が現れ、その人物が発信した情報が数十万人単位に広まり、大きな宣伝効果を持つようになった。そのことが、購買行動に影響を与えるようになった。2010年頃には、企業側がインフルエンサーを活用した宣伝、インフルエンサーマーケティングに取り組むようになっていった

 

 とある。

 

大きな影響力を持ち、お金を稼げる。

 

そのことについて特に否定の考えはない。

経済活動の一部であり、本人も楽しんでいるのかもしれないし。

 

けれども、SNSを活用してフォロワーの数を競い、テクノロジーに対して疎い人を煽り、ポジショントークを繰り広げる。

 

そんなサイクルをいろんなところで繰り返しているのを見ると、

新しいことをしようとしているが、結局言葉を変えて同じことを行っている。

 

見る側としては飽きた。

 

最近はというと、オンラインサロンづくりが流行っているようだけれど、

”これからはこの形がくる”

という中身のない流行を追いかけるだけでやってるのであれば

全く興味が湧かないけど。

 

一部を除いて、新しいものに飛びついて、さらに新しいものがあれば、

中途半端に捨てて次へ行く。

 

時代の流れに乗る。

変化し続ける。

とはよく言ったもので、

 

なんだかんだお金を多く持ちたいって感じが透けて見える。

そこから何をするか、何をしたいかがよくわからないし、おもしろくない。

 

ホリエモンさんのようにロケットを打ち上げるなどのロマンを感じさせてほしい。

 

最後に、ポジショントークは常識で、悪いものではない。

だからこそユーザーはそれを踏まえて、

これからはよく考えて

IT・金融などのリテラシーを高く持たないといけないんだろうなぁ。