ホンイキの妄想

看護師33歳 国境なき医師団をめざしてます。すきなことをとことん研鑽して、そこから見えるみらいを創造します

今あるものを見つける。ないことはない。

デイトレード マーケットで勝ちつづけるための発想術

 

この本から抜粋

 

「今、手元にあるもので何ができるか」

 

我々は、資金と時間と知識さえあれば、人生を自由に送ることができると感じているのではないか。しかし、我々が現実に持っている資金はどうであろうか。たとえ限られているとはいえ、少なからず我々が自由にできる時間と知識を十分に活用してるであろうか。それらを使いきっているだろうか。

換言すれば、より多くの資源を求める以前に、手元にある限られた資源を十分に活かしきっているのであろうか。

 

自分が自由にできる時間を消費しているようでは、もっと時間が欲しいと願う資格はないと考えている。時間が限られている中で、時間を有効に活用する者に利益を上げる機会があるということだ。

 

より多くを求める前に、現在手元にあるもので何ができるかを習熟してほしい。

 

 

自分の場合であてはめていくと

 

看護師として働きながらも、ビジネスマンに憧れてビジネス書を読み漁ったり、好きな趣味に没頭したり、プログラミングに興味を持ち、英語に、ギターに、・・・・・

 

キリがないくらいの時間を本業以外に情熱を注いできた。それはそれでよいと思っていたが、最近になって少し違った方向へ考えが傾いてきた。

 

本業という軸を太く持ち、その軸へ向かって興味のあることの矢印を向けていく。

 

イメージでものを話しているから伝わりづらいと思うし、自分でもまだうまく消化しきっていない。

 

ただ、手持ちのものを見返すことから始め、そこに情熱を傾けていけば、もっと生きることが楽になるだろうし、深みが出るのではないだろうか?

 

答え合わせは2~3年後。最近の合言葉w

不倫後始末問題について

毎年不倫が世を騒がせている日本です。

 

間違えました。

毎年、不倫に世が騒がされすぎている日本です。

 

個人的な問題を書くのは気が引けますが

あるブログでここは自分のウェブなので〜という

男前な文章を見つけてしまったので書きたいこと書きます。

 

今回話題としたいのは

敬愛するお笑い芸人さん。

の中でも、楽しませていただいております。宮迫さんです。

 

不倫問題ありましたね。

ホテルに何回か入っておりましたが一線は超えていないそうです。

 

信じたいですが。。

 

無理です。

 

それに対して認めた方が潔い。誠実。好感度が高い。

などと批判する声がありました。

 

が、真実はともかく

「してない」

と主張した宮迫さんに全面的に賛成です。

 

もちろん不倫はナシです。それはもちろんです。

 

ですが、ここで認めると(ほんとは一線は超えてないかもですが)

「した」ことになります。100%になります。

 

確実な証拠が出てない中、

「一線は超えていない。ふらふらしてしまって申し訳ないが

お前が大事や。」と奥さんや家族に向けて覚悟を決めた宮迫さんが好きです。

 

芸能人という立場で、ましてや芸人という

いじられやすい立場で「してない」を通すのはかなり困難であり、そんな中矢面に立つ仕事を続けるのはしんどいでしょう。

 

ですが、僕が奥さんであれば、「してない」を通して欲しいです。

死ぬまで、これからしない、という条件つきですが。

 

視聴者を敵にまわした宮迫さんですが

逆にこの人すげーな、と僕的には思ったわけです。

 

最後にこれだけは言っておかないと終われません。

 

不倫はダメです。

比較するという世界に慣れすぎたために

すべての才能は遺伝で決まっているものであるから

自分に合ったものを探すことが重要である。

 

こんな記述を見つけた。

 

また、よく言われる地頭。

”あそこの家庭は地頭がいいからね”

”もともと地頭がいいから差がつくんだよ”

 

そうでしょうか?

 

確かに遺伝的なものは「ある」と思う。

ただそれが必要とされるのかどうかは別の話だ。

 

現在の教育プログラム、資本主義の世界で役立つものが

「才能」と定義されているのであれば、

それが必要と思っている人のみ

自分に合ったものを探せばいい。

 

そんな世界観ではなく

本来の自分が欲しているもの

例えば 絵が好き、音楽が好き、英語が好き、数学が好き、研究が好きなどなど

感覚として好きなものをしたいのであれば

定義された才能には囚われずにやったら良いと思う。

 

少なくとも自分の中ではどんどん成長している部分をみつけられるだろうし、

それだけではなく、していて楽しいを感じられるから。

 

好きなことをしよう。

昆虫を食べてお腹を満たす。。そんなときがくるかも

国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食を推奨する報告書を発表した。

地球上には食べられる昆虫が1900種以上存在し、既に数百種がさまざまな国の食卓に上っているという。

 

昆虫を常食としている地域はアフリカ36カ国、南北アメリカ23カ国、アジア29カ国、ヨーロッパ11カ国に広がり、延べ人口はおよそ20億人に達する。 

 

優れた栄養食品でもあり、ほかの食材に引けを取らない量のタンパク質、繊維質、良質の脂肪、必須ミネラルを含んでいる。 

 

てな記事見つけた。

 

昆虫食は、イナゴの飢饉とかを歴史の勉強で見たときに

 

「ご飯がないならイナゴ食べればいいじゃない」

とか幼いながら思ってたけど、まぁ無理よね。ってなってた。

 

だけど、昆虫食を国連がすすめる時代きた…

 

色々調べてみると、ゴキブリ、蜘蛛、バッタ、芋虫、

出るわ出るわで、食欲失せる。

 

食糧難は来るであろうし、解決しないと死んじゃうし。

昆虫食。いいかもなぁ。。。

 

いずれ病院食にもなって。「嚥下しにくいのでゴキブリはもう少し刻みでお願いします」とか言ってるのか。んー想像し難いけど、なるかも。

 

未来はやはりおもしろい!

 

固定された会社組織の崩壊

おそらく今後5〜10年で「固定された会社組織」は役割を終えて、プロジェクト化されて流動体になる。その背骨はブロックチェーンによるスマートコントラクトやトークンが担うことになるだろう。その芽はオフィス不動産から始まっていてWeWorkやICO系プラットホームがその先端にいる。

 

その世界において我々仕事をする人は、AIには出来ない分野で、インプットを与えられたら良質なアウトプットを出すナイスなスキルを身につけないといけない。つまり専門性、もしくは「あいつと働きたい」っていう人間的魅力がないと。それが個性だし。

 

この記事の通りの未来が来るとしたら、というか最近読んできた本から

得た情報からすると、確実にこの記事の通りの未来が待っている。

 

確かに評価経済社会が浸透して、個性が生かされる世の中になれば

今まで、「ふつう」に生活ができなくて

社会の枠組みからはじき出されてきた人にとって

居場所ができて、うれしいことになる。

 

逆に

自分の個性を強く持っていない場合(多数の人に評価してもらいにくい)

生きにくい社会になる。今以上に格差が見えやすくなるのではないか?という不安な面がある。

 

できるなら、それぞれのコミュニティがあり

そのコミュニティが助け合いながら、存在を無視するようなことがないような社会が作られたら。そして、生活に不安を持つことなく「好き」を追求していける。そんな未来を期待したい。

駅前で人を見る

基本てきに家が好きなのですが

たまには外にでます。

 

ぶらっと歩いたり

急にスマホでしらべものしたり

そんなとき

気づいたら駅前に座ってることが多いです。

 

そしてタイトルどおり、

駅前で人の流れをみる

ことになります。

 

職業柄、平日に休みなことが多いから

足早に去るサラリーマン

学生さん

子どもづれのお母さんたち。

がよく通ります。

 

ですが、

よくみると

 

旅行かばんもってる人

通勤、通学時間すぎてない?な人

自分みたいにぶらぶらしてる人

托鉢僧(人の流れが多いとこは大抵いる)

 

いろんな人がいます。

 

だんだんどうでもよくなって

流れだけをぼーとみて

 

「生きてる人おおいなぁ…」

 

の感想をさいごにいだきます。

 

それだけなんだけど、

なんかやる気スイッチはいります。

 

つかれたひとには特にオススメします。でわ。

価値観を押しつけてくる先進国

アフリカに住んでいた頃、ぼくは都市から4~5時間離れた村にいました。

 

道路は整備されておらず、赤土のがたがた道。

電気はとまる、水は枯渇する。

食物の種類はすくなく

それも貧相な野菜しかなかった。

 

そんな村でも

ネットが使える。携帯電話もってるわ、スマホもってる人もいた。

 

なぜ?

 

先進国と何とくらべて進んでるか

よくわからない表現の国たちが

アフリカの奥まできて、

 

こーしたほうがよい

あーしなさい

 

と言いにくる。

 

そして居座る。

 

→住みにくいな→住みやすくしよう→短期しかいないし、いちばん困る連絡手段の確保

 

はい!ネット回線完備!

 

個人的なイメージで表現したから

誤解もあると思うけど

いつでも移動できる人は衣食なくても

困ったら動いたらよい。

 

ネットをいま手にいれたいのは、外からきた人

じゃないかな?

 

そう思って、こんな捉え方をした。

 

アフリカに居るときは、外からのこのこ入ってきて余計なことして生活を崩すな。

と思ってた。だから、自分の存在が疎ましくあり、早く帰りたかった。

 

いま、いろいろと勉強してみると、確実に近い将来、世界中がネットにつながってくるとわかった。

 

それならいっそ、生活が混乱しないように、うまくコミュニティを形成して守れるところは守りたい。

そして、原住民が守れる仕組みつくりをしたい。そんな関わり方をできるように、いまは力をつけなきゃな。

なんてことを思い今日もまた本を読む。